光岡自動車が富山県の伝統工芸とコラボしたモデル、「ビュート TOYAMA」を公開
見とれてしまう職人さんの技がクルマに・・・!
今後の展開も楽しみ!600年以上の伝統が詰まった 光岡 ビュート 富山
▼光岡自動車 ビュート TOYAMA 画像
光岡自動車 ビュート TOYAMA 概要
- 富山県の伝統工芸「井波彫刻」「越中和紙」とコラボしたモデル
- 「クラシックインパネ」のウッドタイプパネル部分には、富山湾越しに見る3,000m級の立山連峰の雄大な景色で有名な雨晴海岸の絶景などを、井波彫刻の「欄間」の技法で制作した木製パネルを装着
- パーセルボードに同じく富山の伝統工芸品「越中和紙」を使用
- 発売は検討中
井波彫刻 概要
- 明徳元年(1390年)、本願寺五代綽如上人(しゃくにょしょうにん)は、後小松天皇の勅許(ちょっきょ)天皇より命令が下ることにより井波別院を創設したが、いく度か焼失しそのつど再建された。
特に江戸時代中期、瑞泉寺本堂再建のおり、本堂彫刻のため、京都本願寺より、御用彫刻師・前川三四郎が派遣(命じて出向かせること)され、このとき地元大工・番匠屋九代七左衛門ら四人がこれに参加し、前川三四郎について彫刻の技法を本格的に習ったのが井波彫刻の始まり。
越中八尾和紙 概要
- 八尾(やつお)は富山から飛騨に抜ける街道沿いに在る寺院門前町。
かつては蚕種と紙の生産で栄え、町には問屋が立ち並び、井田川沿いに開けた地域の下流には桑畑が、上流には楮畑が広がっていたと言う。今なお小高い町の周りは石垣で囲まれ、石畳の細い路地に提灯をともして行われる「おわら風の盆」の哀愁を帯びた町流しの風情は全国的にも有名。
この地方の和紙が、最も盛んになったのは、元禄年間(1688~1704)富山二代藩主前田正甫公の売薬の奨励と共に、薬の袋や膏薬紙、これを束ねる細紙、薬の配置先を記録する懸場帳(かけばちょう)の需要がこの地に集中し、急速に発展した。
慶応元年(1865)富山市内の紙商から出された「新出紙御値段仕法之控」によれば、鼠半切(ねずみはんきり)、黄、赤半切、青紙などの数種の染紙の名が記されており、草木染めや顔料染めの技術がかなり進んでいたことがわかる。これら染色技法は現在も受け継がれている。
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富山県に本社がある光岡自動車
発表されたコンパクトモデル「ビュート」をベースにした「ビュート TOYAMA」は、地元愛あふれるクルマだ
長い歴史を持つ「井波彫刻」と「越中和紙」が使用された車内は、小さな美術館の雰囲気
この芸術的な仕事は、伝統工芸を受け継ぐ職人さんがクルマにあわせて仕上げたもの
ウッドパネルに飾られる花まで木製というから、そのこだわりは半端じゃないね
ただ、ビュートのベースとなっている日産「マーチ」と共通のボタンは、難しいかもしれないけれど色合いをあわせて欲しかった…!
まだ販売については検討中とのことなので、もし市販してもらえるのであれば、コストがかかっても頑張ってほしいな
このビュートは光岡自動車の地元富山県とのコラボで生まれたけれど、今後他の地域とのコラボも考えているとのこと
日本の職人の技にこだわりクルマを仕上げる光岡自動車らしく、魅力的なモデルをどんどん発表し、日本の技をアピールしていってほしいな